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zoom RSS ヒマラヤ四大聖地巡礼の旅・番外編8

<<   作成日時 : 2010/06/07 18:33   >>

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成瀬師、桜井先生とお会いした翌日、写真撮影のため
徒歩でガンガー沿いを上流に向かって歩きました。

前にも書きましたが、このときいつもの散歩道を歩いたのですが、
いつも声をかけてくるサドゥ達はひとりもいませんでした
ただ、自分の住まいから息をひそめて目だけ出して見ている方々はたくさんいましたが・・

ラクシュマンジュラ(橋)よりも少し上流の川岸で、成瀬師のアーサナ(ポーズ)の
撮影をおこないました。

このときの写真の1枚が、「実践ハタ・ヨーガ 下巻」(絶版)の表紙の写真です。

この時点では、私にはその凄さを見通す能力がなく、
成瀬師が行うアーサナの連続を眺めていただけですが、
後年、このときに本当にものすごいレベルのことをやっておられたのだな
ということに気付きました。

「なんちゃって!?サドゥ」にも分かるのに、身近にいる自分がわからなかったなんて
今思えば、冷や汗が出るほど、私は低いレベルだったのです


撮影後、「時間があるからシャンカル・ダースのところへ行こうか。」などと
話をしながら歩いていると、川岸でインド人の男に声をかけられました。
「素晴らしい聖者がいるので会いませんか。」と。

このときに、ババ(聖者)の名前を聞いた桜井先生が
「ああ、日本語に訳すとそれは{無意味な聖者}っていう意味ね。」
とおっしゃいました。

実はその訳は間違っていて、もっと素晴らしい名前だったのですが、
ヒンディー語に堪能な桜井先生が誤訳をするのは珍しいことでした。

実は桜井先生は特殊能力をお持ちで、初対面でその人の本質を見抜くことがよくあります。
このときも、実は誤訳ではなく無意識にそのババの本質をいってしまったようです

アーシュラムに案内されると、とても若いババが座っていました。
成瀬師が目の前に座ると、おどおどしているのがわかりました。

桜井先生が「どんな修行を、何年くらいされているのですか?」
とヒンディー語でババに尋ねると
「色々な修行を長い間している。」と英語で答え、
そのまま奥に引っ込んでしまいました。
そして2度と出てきませんでした。

かわりに白人の女性が対応に出てきました。
同じ質問をすると、
「毎日ガンジス川で沐浴しています。」
と答えました。
「他には?」
と尋ねると、
「あとは、ここにいること自体が素晴らしい修行になります。」
と答えていました。

ゴームクのような厳しい自然環境なら納得できますが、
温暖なリシュケーシュで「ここにいること自体が素晴らしい修行になります。」
とはがっかりな発言でした。
はっきりいって修行にはならないでしょう。

たしかに無意味な聖者だったと思いつつ、がっかりな気持ちでアーシュラムを
後にしましたが、やはり本物の聖者もいるリシュケーシュに住んでいるだけに、
「本物の」を見極める目はお持ちのようでした。

川岸で声をかけた客引き!の男は
きっとこのババから「本物を連れてくるな。商売!にならんだろ。」
とこっぴどく叱られたことと思います。


しばらく歩いていると、偶然ゴームクでお会いしたビアス・ギリに
出会いました。
私がお会いたあとすぐ、用事のため下山してリシュケーシュに滞在していたようです。

成瀬師にお会いできた偶然の幸運喜び、嬉しそうに成瀬師と話をしているビアス・ギリを眺めていると、
耳元で桜井先生が
「さっきのババとは、発しているもの(エネルギー)が全く違うでしょ。
ちゃんと修行している人はこうなの。」
とおっしゃいました。

たしかに全然違いました。
このときの体験が、本物を見極める眼を養うきっかけになりました。

とても得難い体験でした

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
文章から、すばらしい師弟愛が感じられます。でも自分より上の人も居なければ、自分より下の人もいません。
すべての人は、平等に神の子です。拝
悟彦
2010/06/08 16:06
悟彦様
コメントありがとうございます。
たしかにおっしゃるとおりだと思います。
ただ、「すべての人は、平等に神の子」であっても
世の中には聖者もいれば、殺人者もおります。
今回のブログは、聖者の格好をした(マリファナを吸う)商売人(某ババ)と、聖者などになって崇められたくない行者(成瀬師)の対面を間近で見た様子を見たまま書きました。
同じ神の子であるとしても、私は個人的に前者(某ババ)とは絶対に一緒に過ごしたくはありませんでした。
そのために、厳しめの表現になったかもしれません

ガネーシャ・ギリ
2010/06/08 18:03
そうでしたか。それはおっしゃる通りです。有名な先生にも癖の悪い方もおられるようで・・・。さて最近は波動が高まったせいか、あちらこちらで光の体験をされる方が多くなってきたようです。昔と違ってかなりレベルが高いようですね。物事は陰陽で出来ておりますのでその両極端を行ったり来たりせずに・・超えて生きたいものです。
悟彦
2010/06/11 20:39

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