オレゴン転生紀行11・最終回

ヴィクトリアを連れ去られた後、 最悪の気分で部屋に戻り、ベッドに入りました。 そうするより仕方がなかったのです。 ヴィクトリアのことが心配で、かつ異常な体験をしたことで 頭の中はキンキンに冴えわたっていました。 もちろん、眠れそうにありません。 しかし、気づかずいつのまにか深い眠りに落ちていきました。 …
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オレゴン転生紀行10

夜になり、職員皆が帰宅すると ヴィクトリアと2人で会議室にこもりました。 彼女が持ってきたビデオテープ(今となっては古いデスネ)は 現代版の西部劇でした。 早い英語にはついていけないので、横でヴィクトリアが解説してくれるのですが、 後のことを考えると、それもまともに耳に入らないほど、緊張していました。 ただ、彼氏…
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オレゴン転生紀9

マルトノマの滝で起こったことを、結局ヴィクトリアには話しませんでした。 彼女は特にスピリチュアルなことに興味があるわけではなかったのです。 それに、なぜか分かりませんが、話してはいけないような気がしたのです。 でも、ちょっとびっくりすることもありました。 ある日、彼女に「トシは純粋な日本人なの?」と聞かれました。 「も…
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オレゴン転生紀行8

翌々日、ヴィクトリアはいつものように出勤してきました。 私を見かけると、そばにきて明るく、「一昨日はごめんなさい。」といいましたが、 明るく振舞っているものの、彼女が凹んでいるのはよくわかりました。 ただ、二人とも今日はそんなことにかまっていられない状況なのです。 今日から、日本の本校から学生たちが研修にやってくるの…
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オレゴン転生紀行7

例の件以降、ヴィクトリアとの距離はますます縮まりました。 といっても、私の方は生来の奥手な性格が災い?して 自分から積極的になることはありませんでしたが・・。 地下室でジョージとゲームで遊んでいたときのこと。 遊び疲れて、ソファに横になったときにジョージが、 これでも見ろよと、雑誌を渡してくれました。 手に取って…
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オレゴン転生紀行6

                   牧場の裏庭にて 牧場には2~3時間滞在しました。 ヴィクトリアは、他にも私に見せたいところがあるらしく、いとこたちに別れを告げて車に乗り込みました。 髭づらの男たちは「また、来いよ。今度は泊まりがけでな。」と言ってくれました。 風貌に似合わず本…
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オレゴン転生紀行5

オレゴンキャンパスに滞在して数日経った頃、 ヴィクトリアは桧山氏にこう交渉しました。 「トシ(私のこと)は、生徒たちの新しい研修観光地をオレゴン州内に開拓にきているんでしょ。だったら私が車で同行する。」 そうなんです。建前上ですが、私は新たな研修観光地の開拓に来ているのです。 毎日、日本の本校に日々の報告をFAX(当…
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オレゴン転生紀行4

この旅には、もう一人キーになる人物がいました。 カウボーイのジョージ(仮名)です。                  ジョージ(仮名)と稽古の合間に・・ ジョージは日本の空手と中国拳法を習っているとのことでした。 私も10代のころ、実戦空手と実戦中国拳法の練習に明け暮れたことが あったので、話が合ったの…
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オレゴン転生紀行3

どのくらい寝たでしょう? 突然目が覚めました。 物凄い腹痛がしていました。 あわててトイレに駆け込みました。 トイレ(「大」の方)が終わって、水を流そうとしてふと腰を上げると、 便器の内部が真っ赤に染まっていることに気づきました。 血です 凄くショックを受けましたが、体には何の異常も感…
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オレゴン転生紀行2

空港からはタクシーを探して「オレゴン・キャンパス」に向かう予定でした。 「オレゴン・キャンパス」は首都ポートランドの隣、オレゴンシティにあるのです。 空港の出口で日本人の男性に声をかけられました。 写真で拝見したことのある桧山氏(仮名)でした。 桧山氏はオレゴンキャンパスの校長でした。 某国民的長寿ドラマ出演の有名女優…
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オレゴン転生紀行1

さて、今回から予告通り、1994年にアメリカ・オレゴン州に1ヶ月ほど滞在したときのことを書いていきます。 当時28歳だった私は、この旅で輪廻転生を確信しました。 秋のオレゴンは、心が震えるほど美しく、輪廻転生の思い出とともに私の記憶に深く刻みこまれました・・。 1990年から1998年まで、 私は当時テレ…
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マハー・クンブ・メーラー体験記7(最終回)

               宿泊させていただいた「アバハン・ナガル」の中 一瞬目の前に水が広がりました。 ガンジス川の中に落ちたのです。 無意識にカメラを持った手を上にあげていました。 カメラを濡らさないようにしたのかもしれません。 おそらく右手以外の体はすべて水没したようです。 あとで聞い…
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マハー・クンブ・メーラー体験記6

3日目(2001年1月24日)は、朝から不思議な雰囲気でした。                      24日の朝、祭壇の前で プラヤーグ・ギリに会うと、「今日はモウナの日だ。」と言いました。 「モウナ」と「沈黙の行」(あるいはそれを実践する人)のことです。 沈黙の日なのに、プラヤーグ・ギリが「今日はモウナ…
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マハー・クンブ・メーラー体験記5

プラヤーグ・ギリが沐浴をするというので、兄弟子と一緒についていきました。                        プラヤーグ・ギリと 兄弟子はとても気遣いをする人なので、買い出しや祭壇の設営等準備に頑張りすぎているのを見て、 少し気晴らしをさせようとしたのかもしれません。 プラヤーグ・ギリは状況を把握し…
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マハー・クンブ・メーラー体験記4

疲れていたので深い眠りに落ちていましたが、夜中に目が覚めました。 時計を見ると午前3時です。 外では相変わらず物凄い音量の音楽が流れています。 気がつくと、成瀬師と兄弟子の姿がありませんでした。 どうやら外の様子を見に行かれたようです。 私も一人でテントの外に出てみました。 深夜だというのに、…
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マハー・クンブ・メーラー体験記3

成瀬師の指示で、クリヤ・プラーナヤーマを続けました。 右隣では姉弟子が、同じくクリヤ・プラーナヤーマをしています。 左後では、成瀬師の指示で兄弟子がシールシャ・アーサナ(逆立ち)をしているようです。 突然、周りが静かになりました。 目を開けると、たくさんのサドゥ達がこちらを見て沈黙しています。 先ほどまであんなにうるさ…
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マハー・クンブ・メーラー体験記2

デリーから、アラハバードまでは、電車で9時間ほどでした。 私たちは1等車に乗りました。 電車はクンブメーラーに向かう人たちで、大混雑。 普段なら大丈夫だと思いますが、この混雑で2等や3等車だったなら、 私たち日本人には相当大変だったと思います。 移動途中、姉弟子とともに、チラシを配りに車内を歩き回りました。 …
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マハー・クンブ・メーラー体験記1

今日から2001年に、インドのアラハバードで開催された「マハー・クンブ・メーラー」に 参加したときのことを書いていきます。 クンブ・メーラー(壺祭り)というのは、修行者の祭りです。 ヒンドゥー教の神話によれば、大昔、神々と魔族が天界でアムリタ(不死の霊薬)の入った壺を奪い合い、 その中身の霊薬が4滴地上にこぼれ落ち、その落ち…
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ブータン幻想紀行・番外編

ブータンから帰国したあと、成瀬師はクンダリニー技法の公開を決意され、 「クンダリニー・ヨーガ」の執筆を始められました。 私たちもタクツァン僧院での出来事をそれぞれ記録に残すよう指示を受けました。 また、その時の出来事を皆で話しあい、録音に残しました。 「クンダリニー・ヨーガ」の序輪「天界のクンダリニー」に出て…
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ブータン幻想紀行9(最終回)

信じられないような体験が終わり、皆、堂の外に出てきました。 頭は信じられない位混乱していましたが、ともかく下山の準備を始めました。 何人かが降り始めたとき、成瀬師が我々に声をかけました。 それは、本当に身近にいた弟子たちに「ここに残りなさい。」という指示だったのですが、 私はそれがわかっていたにも関わらず、ある事…
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